研修地の紹介

ブシア

ダダーブ難民キャンプ

ブシア 地理・言語

 ブシア県はケニア西部のウガンダとの国境付近に位置しており、赤道直下のため日差しが一年を通してとても強い地方です。また日較差が大きく、9月であっても夜はセーターの着用が必要なほど冷え込みます。道には自家用車はほとんど走っておらず、ウガンダからの大型トラック、マタツ(ミニバンの乗合タクシー)、住民の使用するボダボダ(自転車タクシー)、バイクタクシーがたくさん走っています。

 現地の人々は日常会話ではスワヒリ語を使いますが、小さな子どもたちも含めてほとんどの人々は英語が堪能です。

食事・地域社会

 ケニアの人々は穀物の粉を湯で練り上げたウガリを主食としています。味や食感は「味のないおから」と表現されることが多いですが、食べなれてくると穀物の味がわかる点はご飯に似ており、これをチキンや魚、スープなどのおかずと一緒に食べます。また見た目がクレープ、味がナンのようなチャパティーも主食としてよく食べられています。それ以外に豆類やフライドポテト、ご飯やビーフシチューを食べることができる場所も存在します。右画像の右奥がウガリ、左手前がチャパティー。

 ブシア県では大多数の人々がキリスト教を信仰しており、日曜日には教会に行くことが日課になっています。

  

ダダーブ難民キャンプ(現在、治安悪化のため研修生の派遣は行っておりません) 概要

 ダダーブ難民キャンプは、1991年に勃発したソマリア内戦から逃れてくる難民を受け入れるため、ケニアのソマリア国境付近に設立されました。難民キャンプはUNHCRとケニア政府・現地コミュニティそして難民自身たちによって運営されています。通称「アフリカの角飢饉」と呼ばれる2011年に発生したソマリアでの飢饉以降、難民の数は増加を続けており、設立から20年以上が経過した現在、難民の人口は45万人にものぼり、今や世界最大規模の難民キャンプとなっています。

 住居は木材・レンガを材料に元々住んでいたケニア人や技術を持つ難民によって建築されますが、親戚の家に身を寄せる難民も多く存在します。キャンプの蛇口から水を得ることができ、水汲みは子どもの仕事になることが多いため、子どもたちが教育を受けることのできない原因の一つになっています。

地域社会

 ダダーブに元々住んでいる人々はソマリ族であり、避難してきているソマリア難民とおおよそ同じ民族です。ケニア人のソマリ族にもソマリア難民に知り合いがいるケースは多く、新しい難民もまたケニア国内の親戚を頼ってくることが多いです。共同生活を行い生活に慣れるまで金銭や食料を支援してもらうことも多いようです。

 宗教はイスラム教で、その教えを忠実に守りながら生活しています。

医療・食糧

 UNHCRがNGOの協力のもと運営する難民キャンプの中央病院・診療所では、風邪やマラリアなどの疾病に加え妊産婦の診察が行われています。薬の処方・入院・手術などの処置が可能で、すべて無料で提供されますが、多く問題も残っています。それらについてはProjectのページをご覧ください。

 ダダーブ難民キャンプではWFP(世界食糧計画)が食糧の配給を行っています。難民登録を済ませるとration cardいうカードをもらうことができ、それを配給場所で提示することで家族構成に応じて食事を受け取れる仕組みになっています。
 しかしながら、食糧が不十分なうえ、新生児の誕生や家族構成員の増加するため、配給された食糧が日にち分持続する家庭は少なく、他の家庭から食糧を借りる、marketで購入するなどして対応しています。

教育・仕事

 難民キャンプでは初等・中等が制度的に保障されており、公立の小学校はUNHCRが運営し授業料が無料になっていますが、就学率は2010年には53.4%でした。就学率が低い主な原因は制服や教材など学費以外の出費が出せない、家庭で人手が足りないなどが挙げられます。また学校の施設も生徒の数に対して足りていないのも現状です。

 難民キャンプでの就職率は人口の3分の1程度で、貿易業・旅客業に加えて、国連やNGOに勤務するIncentive workerも難民たちの貴重な雇用機会の一つになっています。しかしながらその待遇はあまりよくなく、難民たちは定期的にストライキを行い賃上げを要求しています。
 貿易業は難民キャンプ内の衣服・食料販売店、携帯ショップやレストランを支え、旅客業はNGO職員を顧客としたタクシー業がメインになっています。

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